改札を出て線路の下をのぞくと、明かりのついた店が並んでいる。中央線ではおなじみの景色です。
ただ、同じ高架下でも、駅によって空気はずいぶん違って見えます。小さな店がぎゅっと連なるところもあれば、通路が広くて案内板の整ったところもある。店の並びまで資料で追うことはできませんが、高架がいつ、どんな事業で造られたかを知っておくと、駅ごとの違いを考える手がかりにはなります。
線路の下が店になるまで
高架の下は、柱と柱の間がそのまま区画になります。天井の高さも柱の位置も鉄道の都合で決まっているので、店の側はその形に合わせて入ることになります。細長い区画にカウンターを置いた店をよく見かけるのは、この制約のせいだと考えると納得しやすいです。
駅に近いのも大きいです。改札を出てすぐ、ときにはホームの真下という立地は、路面の店にはなかなか真似できません。電車の待ち時間に寄れる、線路の幅のぶんだけは屋根がある、という使い勝手は高架下ならではだと思います。
一方で、通路が屋外のままの区間では風も雨も横から入ってきます。屋根があるから濡れない、とまでは言い切れないのが正直なところです。
荻窪から三鷹までは1969年から
東京都建設局のパンフレット「JR中央本線(三鷹駅〜立川駅間)他連続立体交差事業の概要」によると、荻窪〜三鷹間の複々線高架は1969年(昭和44年)4月に使われ始めました。半世紀を超えて使われている高架です。
この区間には西荻窪と吉祥寺の駅が入ります。高架そのものは古いのですが、個々の店や施設がいつからそこにあるかは別の話です。区間の年と店の年を混ぜて考えないほうがいいと思います。

写真は西荻窪の高架下の店で買えるホットドッグの箱です。木のベンチの上に置かれています。高架下の店は、こういう手に持って出られる形のものと相性がいい気がします。
三鷹から立川までは都の事業で
三鷹から先は成り立ちが違います。東京都が事業主体となった連続立体交差事業で高架になりました。土木学会の技術賞の記録にも「東京都が事業主体」とあり、受賞者の欄には東京都と東日本旅客鉄道株式会社の名前が並んでいます。
都のパンフレットによると、三鷹駅〜立川駅間約13.1kmの区間と西武多摩川線の武蔵境駅付近を立体交差にして、18か所の踏切をなくし、9か所の都市計画道路を立体交差させる事業でした。工事の前には18か所の踏切があり、1日あたり約700本の列車が走っていたと記されています。日本経済新聞の2010年の記事には、東京都の話として、18か所のうち16か所が朝夕のラッシュ時に1時間のうち40分以上閉まったままの「開かずの踏切」だったとあります。700本という数字の重さは、こう聞くと実感しやすいです。
| 年月 | できごと | 出どころ |
|---|---|---|
| 1969年(昭和44年)4月 | 荻窪〜三鷹間の複々線高架が使われ始める | 東京都建設局のパンフレット |
| 1994年(平成6年)5月 | 三鷹〜立川間の事業の都市計画決定 | 同上 |
| 1995年(平成7年)11月 | 事業認可 | 同上 |
| 1999年(平成11年)3月 | 工事着手 | 同上 |
| 2010年11月7日朝(予定として報道) | JR東日本の発表では高架化工事が終わり、18か所の踏切がすべてなくなる。最後の工事は西国分寺〜立川の上り線 | 日本経済新聞の2010年10月30日の記事(共同) |
| 2011年(平成22年度) | 土木学会の技術賞に選ばれる | 土木学会の記録 |
都市計画の決定から工事の着手まで5年ほど。着手から技術賞までで12年ほどです。駅前の景色が変わるまでにかかる時間は、思っているより長いです。
踏切がなくなった日については、日本経済新聞が2010年10月30日の記事で、JR東日本の発表として11月7日朝に工事が終わる予定だと伝えています。あくまで発表の段階の記事で、当日の完了を確かめた一次資料は見つけられていません。予定の報道として受け取ってください。
高架だけではない、堀割の区間
約13.1kmが全部高架になったわけではありません。パンフレットの平面図では、三鷹寄りの東側区間約6.2kmと立川寄りの西側区間約2.8kmが高架で、その間の国分寺・西国分寺付近約4.1kmは堀割、つまり線路を掘り下げた区間です。高架化された駅は武蔵境・東小金井・武蔵小金井・国立の4駅になります。
土木学会の記録には、三鷹・国分寺間約6kmと西国分寺・立川間約3kmの合計9km区間を高架化する事業と書かれています。6.2kmと2.8kmを足すと9.0kmなので、二つの資料の数字は合っています。
堀割の区間では線路が地面より下を通るので、高架下という空間そのものが生まれません。同じ事業の区間でも、堀割の駅で高架下の店を探すと当てが外れるのは、こういう理由です。
狭い場所で高架を架ける
土木学会は2011年(平成22年度)にこの事業を技術賞に選びました。記録には、市街地の狭い施工箇所で高架橋を建設するために新しい技術を使い、大幅な工期短縮とコストダウンを実現したとあります。
住宅や商店がすぐ脇まで迫った場所での工事です。今の高架下をのんびり歩けるのは、その十年あまりの工事のあとだと思うと、少し見え方が変わります。
都の資料が挙げる「高架下空間」
都のパンフレットは事業の効果として、交通の円滑化や踏切事故の解消と並べて「新たに生み出される高架下空間の有効利用ができます」と書いています。線路を上げた結果として地面にできる空間を、最初から使う前提で数えているわけです。
武蔵境、東小金井、武蔵小金井、国立の高架下は、この事業で線路が上がったことで生まれた空間です。そこに今どんな店が入っているかは、鉄道会社や施設の案内で確かめるのが確実です。個々の店の顔ぶれまでは、ここでは追っていません。
古い区間と新しい区間、どう使い分けるか
1969年からの荻窪〜三鷹間と、1999年に工事が始まった三鷹〜立川間。年の差は30年あります。空間の年が違えば、店の並び方や通路の作りにも違いが出やすいと思います。ただ、どちらが上ということはありません。
- 初めての駅や、慣れない相手と行く日は、案内や表示が整った区間のほうが選びやすい
- 一人で軽く飲む、何軒か回る、という日は、小さな店が連なる区間のほうが気楽
- 電車の待ち時間に寄るなら、改札からの近さで選ぶ
- 雨の日は、通路が屋内か屋外かで快適さが変わる
相手を案内する日は表示のある区間、一人で気ままに回る日は小さな店の区間、という分け方が性に合う人は多いと思います。逆の人がいてもおかしくありません。
行く前に見ておくこと
| 確かめること | どこで | 見ておく理由 |
|---|---|---|
| 店の営業時間と定休日 | 店の公式の案内 | 高架下でも店ごとに違う |
| 施設の案内に時間の記載があるか | 施設の公式の案内 | 店が施設の中にある場合は両方を見ておく |
| 改札からの行き方 | 駅や施設の構内図 | 高架下は出口を間違えると遠回りになる |
| 通路が屋内か屋外か | 施設の案内、写真 | 雨や風の日の快適さに響く |
| 席の形(カウンターか、テーブルか) | 店の案内、写真 | 人数に合うかどうか |
遅い時間に行く日は二重に確かめる
営業時間は店ごとに違いますし、店が施設の中に入っている場合は、施設の案内にも時間が書かれていることがあります。両方を見ておくと「行ったら閉まっていた」が減ります。
こういう日は残念
- 東口と西口を間違えて、線路の下を端から端まで歩くことになった
- 屋外の通路の区間に雨の日に行って、思ったより濡れた
- 遅い時間に行ったら、店より先に施設の案内の時間を過ぎていた
- カウンターだけの店に四人で行って、並んで座れなかった
- 堀割の区間の駅で高架下を探して、見つからないまま時間を使った
どれも、改札を出る前の数分で防げます。高架下は駅に近いぶん「着いてから考える」をやりがちで、そこが落とし穴です。
高架下について聞かれそうなこと
高架下グルメはなぜ家賃が抑えられると言われているのですか。
一律に安いとは言い切れません。高架下は天井の高さや柱の位置に制約があり、区画の形も限られます。ただ、賃料は区画の広さや駅からの距離などでも変わるはずで、ひとくくりに語れる数字はここでは示せません。
再開発が進むとどのような店が増えますか。
どんな店が入るかは施設の運営者が決めるので、施設ごとに顔ぶれが違います。都のパンフレットは事業の効果として高架下空間の有効利用を挙げていますが、具体的な店の種類までは書いていません。最新の顔ぶれは施設の公式の案内で確かめてください。
昔ながらの雰囲気を残す区間はまだありますか。
荻窪〜三鷹間の高架は1969年(昭和44年)4月に複々線の高架として使われ始めた古い区間で、1999年に工事が始まった三鷹〜立川間とは成り立ちが違います。駅ごとに高架下の表情が違う理由の一つとして、この経緯は頭に置いておいていいと思います。
一人でも利用しやすいですか。
区画が細長い高架下では、カウンター席を置いた店に出会うことがあります。駅に近いので、電車の待ち時間に一人で立ち寄る使い方もしやすいと思います。
天候が悪い日でも利用しやすいですか。
線路の下は雨をしのげますが、通路が屋外のままの区間では横殴りの雨や風は入ってきます。屋内型の施設なら天候の影響は受けにくいです。
高架下グルメはいつ頃から発展してきたのですか。
中央線では、東京都建設局の資料によると荻窪〜三鷹間の複々線高架が1969年(昭和44年)4月に使われ始めました。三鷹〜立川間は連続立体交差事業で高架になった区間で、工事の着手は1999年(平成11年)3月です。区間によって高架下の歴史の長さはかなり違います。
高架下の店は営業時間が短い印象がありますが本当ですか。
一律には言えません。店ごとに営業時間は違いますし、店が施設の中にある場合は施設の案内にも時間が書かれていることがあります。遅い時間に行くときは、店と施設の両方の案内を見ておいてください。
出典
- 荻窪〜三鷹間複々線高架化供用開始(昭和44年4月)、三鷹駅〜立川駅間約13.1km、踏切18か所・都市計画道路9か所、都市計画決定(平成6年5月)・事業認可(平成7年11月)・工事着手(平成11年3月)、1日約700本、東側約6.2km・堀割約4.1km・西側約2.8km、高架化された駅、高架下空間の有効利用:東京都建設局「JR中央本線(三鷹駅〜立川駅間)他連続立体交差事業の概要」(連続立体交差事業(事業完了箇所)パンフレットの一覧から。画像のPDFを取得し目視で照合、確認日2026-11-03)
- 技術賞の年度(2011年、平成22年度)、東京都が事業主体であること、受賞者(東京都、東日本旅客鉄道株式会社)、合計9km区間の高架化・都市計画道路9箇所・踏切18箇所、狭い施工箇所での新技術と工期短縮・コストダウン:土木学会 技術賞 2011年(平成22年度)「JR中央線三鷹・立川間連続立体交差事業」(確認日2026-11-03)
- 2010年11月7日朝に工事が終わる予定とのJR東日本の発表、最後の工事が西国分寺〜立川の上り線であること、18か所中16か所が開かずの踏切(2010年10月30日の報道、共同):日本経済新聞「東京―立川、踏切ゼロに JR中央線高架化、11月7日終了」(確認日2026-11-03)
続けて読むなら
駅前の変化と、高架のある駅の店の話です。