店を継ぐというとき、渡されるのは鍋や冷蔵庫だけではありません。レシピ、仕入れ先との付き合い、常連の顔ぶれ、暖簾に書いた屋号。目に見えないもののほうが多いくらいです。
長く続いた店が「店主の高齢化のため」と貼り紙を出すこともあれば、店主が代わっても看板と味がそのまま残ることもあります。その分かれ目にあるのが事業承継という仕組みで、公的な窓口と、期限のある税制があります。

半分の会社に、後継者がいない
帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」は、全国・全業種の約27万社を調べています。後継者が「いない」か「未定」の会社の割合が後継者不在率で、その値は50.1%。前の年から2.0ポイント下がって、7年続けての改善です。2017年の66.5%より16.4ポイント低く、数字としてはだいぶ下がってきました。
ただ、規模で分けると様子が変わります。大企業が24.9%、中小企業が51.2%、そのうちの小規模企業が57.3%。小さい会社ほど不在率が高いという結果です。個人経営が多い飲食店は、この小規模企業に近い立場だと思います。
継ぎ方の中身も変わってきています。同じ調査で2025年に代表者が交代した会社を見ると、速報値ながら内部昇格が36.1%で、同族承継の32.3%を上回りました。M&Aなどが20.6%、外部からの招聘が7.6%。子どもが継ぐのが当たり前とは、もう言いにくい数字です。
ここに挙げたのは全業種を対象にした調査の数字です。飲食店だけの数字ではないので、街の店の実態にそのまま当てはめるのは避けたほうがよさそうです。背景として頭に入れておく程度がちょうどいいと思います。
継ぐ道は三つ
| 道 | 誰が継ぐか | 向いている場合 | 気をつけたいところ |
|---|---|---|---|
| 親族内承継 | 子や親族 | 継ぐ意思のある家族がいる | 経営の判断をいつ渡すか。資産の名義変更(贈与・相続)の整理 |
| 従業員承継 | 店で働いてきたスタッフ | 味と接客を身近で知る人がいる | 後継者側の買い取りや借入の資金。経営者保証の扱い |
| 第三者承継(M&A) | 社外の企業や個人 | 親族にも従業員にも候補がいない | 相手探しに時間がかかる。屋号と味をどこまで残すかの取り決め |
どれが優れているという決まりはありません。店の規模、店主の年齢、候補の有無で選べる道が変わります。共通しているのは、店主の体力と気力に余裕があるうちに動き出したほうが選べる道が広い、ということです。閉める直前に相談に行っても、できることは限られるはずです。
窓口は23区と多摩で分かれている
後継者が見つからないときの相談先として、全国47都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターがあります。東京は二つに分かれていて、23区は東京商工会議所の中にある東京都事業承継・引継ぎ支援センター(03-3283-7555、平日9時30分から17時)、多摩地域は立川市にある東京都多摩地域事業承継・引継ぎ支援センター(042-595-9510)です。どちらも相談は無料と案内しています。専門家に実務を頼むと別に費用がかかることがあるので、そこは最初に聞いておいてください。
中央線で言えば、中野区や杉並区の店は23区の窓口、吉祥寺から西の店は多摩の窓口が近いことになります。いきなり買い手を探してもらう場所というより、どの道があるのかを聞きに行く場所だと思っておくと気が楽です。
相談の前に手元にそろえておきたいもの
・売上と利益の推移が分かる資料(決算書や確定申告書)
・賃貸借契約の内容と、更新や譲渡に大家の承諾が要るかどうか
・主なレシピと仕入れ先を、ほかの人に伝えられる形にしているか
・引退したい時期と、店を残したい度合い
四つめがいちばん大事だと思います。屋号も味もそのまま残したいのか、場所と設備が次の人の役に立てばいいのか。ここがはっきりしていないと、窓口でも話が進みにくいはずです。
税制には、期限が二つある
会社形態の店が株式を後継者に渡すときは、法人版事業承継税制の特例措置が使える場合があります。中小企業庁の案内によると、これは10年間限定の措置で、対象は特例承継計画を提出した事業者のうち、平成30年1月1日から令和9年12月31日までに贈与や相続で会社の株式を取得した経営者です。
特例承継計画の提出期限は、令和9年9月30日まで。株式の取得の期限とは別なので、計画を出す日と、贈与や相続の日の二つを分けて数えることになります。特例認定の手続きには、認定経営革新等支援機関(認定支援機関)の関与が必要です。
| 期限 | 内容 |
|---|---|
| 令和9年9月30日 | 特例承継計画の提出期限 |
| 令和9年12月31日 | 特例措置の対象となる贈与・相続による株式取得の期限(平成30年1月1日から) |
個人事業主の店は、法人向けの制度とは別の枠組みです。中小企業庁の同じページに個人版事業承継税制への案内があるので、適用の条件や期限はそちらと税理士で確かめてください。
営業許可の扱いも、引き継ぎ方によって手続きが変わることがあります。譲渡の話が固まる前に、管轄の保健所に一度聞いておくと手戻りが少ないです。
似ているけれど、承継ではないもの
似た言葉に見えて、別の仕組みがあります。どれも一般的な使われ方の話で、法令上の定義ではありません。
| 仕組み | 内容 | 承継との違い |
|---|---|---|
| のれん分け | 従業員が独立するときに、元の店の屋号などの使用を認める商慣行 | 元の店は続いたまま。契約書を交わさず、師弟の信頼で成り立つこともある |
| フランチャイズ | 本部の看板とノウハウを使う代わりに、ロイヤリティを払う契約 | 本部と加盟店の関係が続く。対価の支払いが契約に組み込まれている点がのれん分けと違う |
| 居抜き | 前の店の内装や厨房設備をそのまま使って店を譲る、または借りる方法 | 設備の引き渡しが中心で、味や屋号が続くとは限らない |
閉店した店の跡に別の飲食店が入る例は街でよく見ますが、居抜きの出店なら前の店の承継とは限りません。屋号も味も変わっているなら、受け継がれたのは設備だけと考えたほうが実態に近いです。
通う側にできること
店の判断は店主がするものですが、通う側にも関われる場面はあります。
- 貼り紙やSNSの告知は、閉店なのか店主交代なのかを最後まで読む。閉店だと思って諦めた店が、屋号を変えずに続いていることもある
- 店主が代わった直後は、味や接客が変わって感じられることがある。すぐ決めつけずに何度か通ってみる
- 気に入った店は通う、人にすすめる、口コミを書く。承継の決め手になるかは店ごとに違うけれど、店主の気持ちを支える一助にはなるはず
ラーメン店に絞った事業承継の動きや大手による買収の流れは、姉妹サイトのラーメン広場のラーメン店の事業承継|後継者難と店を引き継ぐ仕組みに書いてあります。飲食業界全体の公表データは中央線沿線の飲食店経営の今|外食売上107.3%と倒産1,002件を公表データで読むが参考になります。
法律や税金の話は店ごとに事情が違います。個別の判断は、事業承継・引継ぎ支援センターや税理士などの専門家に相談してください。
店の行く末で気になること
個人経営の小さな店でも事業承継の相談はできますか
後継者の相談を受ける公的な窓口として、事業承継・引継ぎ支援センターがあります。相談は無料と案内されています。個人事業主の店がどこまで支援の対象になるかは、23区なら03-3283-7555、多摩地域なら042-595-9510に電話で確かめてください。
後継者がいない場合は廃業するしかないのですか
廃業だけが道ではありません。従業員への承継、社外の企業や個人への第三者承継があります。どの道が合うかは店の事情によるので、窓口で選択肢を聞いてみてください。
店主が代わると味は変わりますか
店によります。レシピを細かく引き継いで味を保つ店もあれば、新しい店主の色が出ていく店もあります。どこを守りどこを変えるかを引き継ぎのときに取り決めておくと、通う側の戸惑いも少なくて済むと思います。
のれん分けとフランチャイズは何が違いますか
フランチャイズは、本部の看板とノウハウを使う代わりにロイヤリティを払う契約です。のれん分けは、独立する従業員に元の店の屋号などの使用を認める商慣行で、契約書を交わさず信頼関係で成り立つこともあります。どちらも一般的な使われ方の話です。
事業承継税制は個人経営の店でも使えますか
上に書いた特例措置は法人の株式が対象です。個人事業主には個人版事業承継税制の案内が中小企業庁のページにあります。条件と期限は、税理士か中小企業庁の案内で確かめてください。
後継者がいないまま店主が亡くなった場合はどうなりますか
相続人がいれば相続の手続きになりますが、店を続けるかどうかは相続人の判断です。営業許可の扱いも含めて、早めに専門家に相談しておくのが安心です。
暖簾が残るかどうか
親族、従業員、第三者。道は三つあって、どれを選ぶにも時間がかかります。全業種で半分の会社に後継者が決まっていない中で、街の店が続くかどうかは、店主の決断と、窓口や税制をどれだけ早く使えるかにも左右されます。通う側にできるのは、貼り紙を最後まで読んで、続いている店には足を運ぶこと。地味ですが、それが一番近い応援だと思います。
出典
- 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日公表。後継者不在率50.1%、前年比2.0ポイント低下、7年連続改善、2017年から16.4ポイント低下、規模別の不在率、就任経緯の内訳は速報値)(2026年11月3日確認) https://www.tdb.co.jp/report/economic/20251121-successor25y/
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」(特例承継計画の提出期限令和9年9月30日、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの贈与・相続による株式取得、10年間限定、認定経営革新等支援機関の関与、個人版事業承継税制への案内)(2026年11月3日確認) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
- 東京商工会議所「東京都事業承継・引継ぎ支援センター」(23区の窓口、相談無料、電話番号、受付時間、専門家の費用)(2026年11月3日確認) https://www.tokyo-cci.or.jp/soudan/hikitsugi/
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」(全国の窓口の一覧。東京都と東京都多摩地域の所在地、電話番号、相談無料)(2026年11月3日確認) https://shoukei.smrj.go.jp/center/
- のれん分け・フランチャイズ・居抜きの違いは、一般的な使われ方として分けたもの(法令上の定義ではありません)