「ハラール対応」の掲示と、「豚肉は使っていません」の張り紙。似て見えますが、この二つは同じ意味ではありません。そして、どちらかが正しくてどちらかが間違いという話でもありません。
観光庁が2024年4月に出した「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド」は、ムスリム対応について、必ずしもハラール認証の取得までを目指す必要はなく、できる範囲で対応したうえで情報を開示し、判断材料を提供することが重要だとしています。店を探す側がこの考え方を知っていると、「認証がない店は使えない」と早合点せずにすみます。
世界で一つの基準があるわけではない
ガイドは、旅行者向けの対応に世界統一基準はないと明記しています。守り方は人によって幅がある。だから店は何をしているかを示し、判断は本人に委ねる。ガイドの組み立てはそういう形になっています。
イスラムの教えで許されたものがハラール、許されていないものがハラムで、ハラムには豚や豚由来のもの、アルコールが含まれます。気をつけたいのは、豚肉そのものを抜けば済むわけではないところです。ラードやゼラチンのような豚由来の成分も注意の対象で、調味料に含まれるアルコールを口にしない人もいるとガイドは書いています。
対応の度合いを並べたガイドの表には、ハラール認証取得の欄に「日本に旅行にくるムスリムで認証まで求める人は少ない」という注記があります。数字が添えられているわけではないので、ガイドの見立てとして受け取っておくのがよさそうです。
対応の度合いを四つに分けて見る
| 度合い | 中身(ガイドの整理) | 利用する側が見るところ |
|---|---|---|
| ハラール認証の取得 | ハラール製品のみの取り扱い、キッチンや調理器具、食器の専用化などを満たし、宗教と食品衛生の専門家である認証機関の認証を受ける | どの機関の認証か |
| ムスリムフレンドリー | 部分的に対応する形。例として、食材は全て対応、キッチンは専用でないが調理器具と食器は専用、アルコールは販売 | どこまでが専用で、どこからが共用か |
| ノーポーク・ノーアルコール | 必要最低限の取り組みとして、豚・豚由来品と、酒やアルコールを含むものを除く | 調味料のアルコール、器具の共用 |
| 情報開示 | 対応の可否を判断できるよう、ピクトグラムや店のポリシーで情報を出す | 示された内容を読んで自分で決める |
同じ呼び方でも、中身は店によって違うはずです。呼び方より、店が何をしていて何をしていないかを示しているかどうかのほうが、使う側には役に立ちます。
認証のある店が上で、ない店が下、という序列で見ないほうがいいと思います。厳格に守りたい人には認証が頼りになるし、豚とアルコールを避けられれば十分という人には、張り紙一枚が役に立つこともある。
店に聞くこと、五つ
- 豚や豚由来のものを使っているか。使っているなら、どの料理か
- 第三者の認証があるか。あるなら、どの機関か
- 調理場や調理器具は専用か、共用か。揚げ油はどうか
- 対応したメニューがあるか
- 食器やカトラリーは専用か
聞くのは認証の有無より、使っている食材
認証の有無を聞いて終わりにするより、何を使っていて、何を使っていないかを聞くほうが、自分に合う店かどうかの判断材料になります。店のサイトや品書きにポリシーやピクトグラムが出ていれば、先にそれを読んでから足りない分を聞きます。
これに、醤油やみりん、料理酒、酢のアルコール、ルーやスープの動物性原料を加えれば、聞くことはだいぶ出そろいます。アレルギー表示と宗教上の決まりは別の仕組みなので、両方に当てはまる人はそれぞれ別に聞いてください。
調味料に隠れるアルコール
ガイドは、調味料にも注意が必要で、例えばみりんは混成酒類だと書いています。肉を抜いても、下味や付けだれにアルコールが残ることがある。厳格に守りたい人ほど、料理名ではなく調味料の段階まで聞いておくと安心です。
| ガイドのメニュー調整例 | ムスリム向けに置き換える調味料や材料 |
|---|---|
| 天丼 | たれの醤油をアルコール無添加のものに。みりんはてんさい糖などの糖類に |
| 焼き餃子 | 餃子の皮、たれの酢と醤油をアルコール無添加のものに。豚ひき肉はハラール認証取得の鶏ひき肉に |
餃子の皮までアルコール無添加のものに替えるのは、知らないと見落とすところです。カレーについても、ルーに入っている動物性原料としてラードや牛脂、動物性のブイヨンやエキスをガイドは挙げています。
天丼のつゆからみりんを抜いて糖類に替える、という例を見ると、和食の味の土台そのものがアルコールと隣り合っていることが分かります。店に「みりんは使っていますか」と聞くのは少し細かい気もしますが、自分や同行者に関わることなら、遠慮せず聞いてよいと思います。
ハラール以外の食の決まり
宗教や信条による食の決まりは、ムスリム向けのハラールだけではありません。ユダヤ教のコーシャ、肉や魚を使わない菜食など、いくつもの形があります。観光庁は2020年に「飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド」を作っていて、2024年のガイドはベジタリアン・ヴィーガン向けとムスリム向けの共通部分を中心に、一体に編み直したものです。
菜食と一口に言っても、どこまで避けるかは人によって違います。ガイドの説明では、ベジタリアンは卵や乳製品を食べるかどうかが人によって変わり、ヴィーガンはそれに加えて卵、乳製品、蜂蜜、ゼラチンなども食べない人です。店に伝えるときは「ベジタリアンです」で終わらせず、卵や乳製品、出汁の材料など、避けたいものを具体的に言うほうが、店も対応しやすいはずです。
対応が求められる背景
日本政府観光局(JNTO)の推計では、2025年の年間訪日外客数は42,683,600人で、前年比15.8%増。それまで過去最高だった2024年の36,870,148人を上回りました。
観光庁は2026年4月14日に、「多様な食習慣や文化的慣習を持つ訪日外国人旅行者の受入環境整備に向けたモデル事業」の公募を始めています。地方公共団体や観光地域づくり法人を中心に複数の関係者が連携する形を求めていて、食の決まりへの対応は地域で整える話にもなってきました。
店の側にできることは大きな話ばかりではありません。張り紙一枚でも、何を使っていないかを書いてあれば、それを頼りに店を選べる人がいます。
聞き漏らしやすいこと
- 「豚は使っていない」と聞いて安心したら、たれにみりんが入っていた。調味料まで聞く
- 認証のマークを見て入ったが、どの機関の認証かを見ていなかった。機関名を確かめる
- 対応メニューを当日頼んだら、準備が要ると言われた。前もって連絡する
- 器具の共用を聞き忘れて、厳格な同行者が食べられなかった。調理場と器具、揚げ油を聞く
- アレルギーの話と宗教の話を一緒に伝えて、片方が抜けた。別々に伝える
問い合わせの前に知っておきたいこと
ハラール認証がなくても豚肉を使っていない店はハラール対応と言えるか。
観光庁のガイドでは、豚・豚由来品とアルコールを除く「ノーポーク・ノーアルコール」も、必要最低限の取り組みとして示されています。認証を取った店と同じではないので、器具の共用などは個別に確かめ、最後の判断は本人がします。
アルコールを調理酒として使っている料理はハラールにならないのか。
ガイドはアルコールをハラムに含めていて、みりんは混成酒類だと注意しています。天丼の調整例では醤油をアルコール無添加に、みりんをてんさい糖などの糖類に置き換えています。みりんや料理酒を使っているかは、料理ごとに店に聞いてください。
ベジタリアン対応とヴィーガン対応は同じ意味か。
観光庁のガイドでは別のものとして説明されています。ベジタリアンは肉や魚介類を食べない人で、卵や乳製品を食べるかは人によって変わります。ヴィーガンはそれに加えて卵、乳製品、蜂蜜、ゼラチンなども食べない人です。人によって幅があるので、店には言葉だけで伝えず、避けたいものを具体的に挙げてください。
コーシャ対応の店は中央線沿線にどれくらいあるのか。
沿線で何軒あるかを示す公的な数字は確かめられていません。候補の店に直接、規定に沿った調理ができるかを問い合わせるのが確実です。
予約なしで訪問しても対応してもらえるか。
食材や調味料の置き換えには準備が要るので、一部のメニューだけ対応している店では当日の対応が難しいことがあります。厳格な決まりがあるなら、前もって連絡しておくと安心です。
宗教対応と表示のない店でも相談すれば対応してもらえることはあるか。
豚肉を抜くなどの部分的な対応なら、相談に応じる店もあります。調理場や器具を分けるところまでは難しい店もあるので、その点を聞いたうえで頼んでください。
学生街に対応店が多いと言われるのはなぜか。
そう言われる理由を裏づける公的な数字は確かめられていません。エリアの印象で探すより、店が出しているポリシーやピクトグラムで対応の中身を見るほうが確実です。
認証マークを見分けるコツはあるか。
ハラール認証は、宗教と食品衛生の専門家である認証機関が食材や飲食店を判断して保証する制度です。世界統一の基準はなく、認証機関は世界に300以上あると言われているので、マークの形だけで決めず、どの機関が出した認証かを確かめてください。
張り紙を読み直す
認証を取った店、部分的に対応する店、豚とアルコールを除く店、何を使っているかを示す店。ガイドが勧めているのは、厳格さを競うことより、何をしているかをはっきり示すことです。使う側は、使用食材、調味料、器具の共用の三つを聞けば、自分に合う店かどうかを決めやすくなります。「豚肉は使っていません」の張り紙は、その店が示してくれた判断材料の一つ。そこから先の質問は、こちらの番です。
出典
- 観光庁 参事官(外客受入担当)「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド」(令和6年4月。世界統一基準はないこと、認証取得まで目指す必要はなく情報開示が重要であること、対応の度合いの表と認証まで求める人についての注記、ハラール認証の制度と認証機関の数、調味料のアルコール、みりんは混成酒類であること、天丼と焼き餃子の調整例、カレールーの動物性原料、ベジタリアンとヴィーガンの説明)(2026年11月3日確認) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001740443.pdf
- 観光庁「多様な宗教的、文化的習慣を有する旅行者の受入環境の充実」(2020年のベジタリアン・ヴィーガン対応ガイドと、2024年のガイドが共通部分を中心に一体に編み直したものであること)(2026年11月3日確認) https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/inbound_kaifuku/ukeire/kankochi/shukyo.html
- 観光庁「多様な食習慣や文化的慣習を持つ訪日外国人旅行者の受入環境整備に向けたモデル事業」公募(2026年4月14日)(2026年11月3日確認) https://www.mlit.go.jp/kankocho/kobo08_00059.html
- 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2025年12月推計値)」(2026年1月21日。2025年の年間訪日外客数42,683,600人、前年比15.8%増、2024年の36,870,148人)(2026年11月3日確認) https://www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html
店の対応の広がりを知る記事
シニア向けの品書き、朝市や直売、スムージーの店と、沿線の店の広がりを別の角度から見る記事です。
訪日客と沿線の店の話はインバウンドと中央線沿線の飲食店にもあります。