駅前の通りで、去年まであった店が別の店に変わっている。そういう場所に気づくと味や接客のせいだろうかと考えがちですが、外からは見えない事情が一枚かんでいることがあります。家賃と、契約の形です。
家賃は売上が少ない月でも同じ額が出ていく支出なので、店の値付けや営業時間、席の数の組み立てにまで響きます。その重さを店の外から測るのは難しいのですが、公的な数字と法律の条文から見えることはあります。
土地の値段には公的な数字がある
店の家賃の相場を区や市ごとに示す公的な統計は見当たりません。代わりに土地の値段なら、国の地価公示があります。東京都財務局が令和8年地価公示(令和8年1月1日現在)の区市町村別用途別対前年変動率を公表しているので、中央線沿線の区市を抜き出すとこうなります。
| 区市 | 商業地の対前年変動率 | 住宅地の対前年変動率 |
|---|---|---|
| 中野区 | 17.5% | 9.0% |
| 杉並区 | 17.5% | 8.2% |
| 武蔵野市 | 8.0% | 5.6% |
| 三鷹市 | 7.5% | 5.0% |
| 小金井市 | 7.6% | 4.8% |
| 国分寺市 | 8.3% | 7.2% |
| 国立市 | 9.5% | 7.1% |
| 立川市 | 9.8% | 7.0% |
| 日野市 | 5.2% | 5.4% |
| 八王子市 | 6.6% | 3.9% |
| 区部全域 | 13.8% | 9.0% |
ここに挙げた区市は、商業地がどこも前年より上がっています。目を引くのは中野区と杉並区の17.5%で、区部全域の13.8%より高い。多摩側では立川市9.8%、国立市9.5%、国分寺市8.3%、武蔵野市8.0%が、多摩全域の商業地6.0%を上回っています。
日野市だけは商業地5.2%が住宅地5.4%を下回っていて、この表の中では少し違う動き方をしています。同じ沿線でも、駅によって土地の値段の勢いはかなり違うということです。
これは区や市ごとの数字なので、駅前と住宅地の違い、通り一本の違いまでは読めません。地価が上がった年にその街の店の家賃がすぐ上がるわけでもない。あくまで、話し合いの材料になる数字だと思っておくくらいがちょうどいいです。
地価が上がると家賃はどうなるか
家賃と地価をつなぐのは、借地借家法の条文です。第32条第1項は、建物の借賃が、土地や建物の租税その他の負担の増減、土地や建物の価格の上昇や低下その他の経済事情の変動、近くの同じような建物の借賃との比較によって不相当になったときは、契約の条件にかかわらず、当事者が将来に向かって借賃の増減を請求できると定めています。ただし、一定の期間は増額しないという特約があれば、その定めに従います。
「土地の価格の上昇」が理由の一つとして条文に書かれているので、地価公示の数字が家賃の話し合いに顔を出すことはあります。もっとも、条文が言っているのは「不相当となったとき」の増減の請求で、地価が上がった年に自動的に家賃が上がる仕組みではありません。増額も減額も同じ条文に並んでいる点は、覚えておいて損はないと思います。
条文の原文はe-Gov法令検索の借地借家法で読めます。自分の契約にどう当てはまるかは、契約書と専門家に聞くのが確実です。
契約の形で店の続き方が変わる
家賃の額と同じくらい、契約の形が店の先行きを左右します。建物の賃貸借には大きく二つの形があります。
| 契約の形 | 期間が満了したとき | 店にとっての意味 |
|---|---|---|
| 普通建物賃貸借 | 貸主に正当の事由がなければ更新を断れない(第28条) | 長く続ける見通しを立てやすい |
| 定期建物賃貸借(定期借家) | 期間満了で更新なく終わる(第38条) | 続けるかどうかは再契約しだい。期間が区切られている |
普通建物賃貸借では、期間満了の1年前から6か月前までのあいだに、更新しない旨や条件を変えなければ更新しない旨の通知がなければ、同じ条件で更新したものとみなされます(第26条第1項)。貸主が更新を断るには、双方が建物を使う必要性や従前の経過、立退料の申出などを考えあわせた正当の事由が要ります(第28条)。
定期建物賃貸借は、公正証書による等書面(電磁的記録を含む)で契約するときに限って、更新がない定めを置けます(第38条第1項・第2項)。貸主は契約の前に、更新がなく期間満了で終わることを書面を交付して(借主の承諾があれば電磁的方法で)説明しなければならず、説明しなかったときは更新がないとする定めは無効です(第38条第3項〜第5項)。期間が1年以上なら、第38条第6項により、満了の1年前から6か月前までのあいだに終了の通知も要ります。定期建物賃貸借に借賃の改定の特約があるときは、第32条は適用されません(第38条第9項)。
通りの顔ぶれと契約の形
短い周期で店が入れ替わる通りを見ると、味や腕の問題だけでなく、期間の区切られた契約が背景にあるのかもしれないと思うことがあります。逆に、長く同じ店が続く通りは、家賃の額のほかに契約の安定も支えになっているのかもしれません。外からは見えないので想像の域を出ませんが、店の入れ替わりを見る目は少し変わります。
同じ厨房から値段の段を何段も出す
家賃は一つの額なのに、それを支える売上の作り方は店ごとに違います。公式サイトでランチとコースの料金を公開している店を例にすると、形が見えやすくなります。
Braceria Sの公式サイトでは、ランチのPLAN.1が1,540円(税込)、月替わりランチコース全7品が4,400円(税込)、月替わりディナーコース全7品が5,280円(税込)、月替わりプレミアムディナーコース全8品が9,350円(税込)です。公式の品書きから四つ拾っただけでも、1,540円から9,350円まで段があります。昼に軽く使う客と、夜にコースで使う客の両方を受ける形です。
家賃という同じ固定費を、昼の客数で支えるか夜の単価で支えるか。品書きの段の作り方は、店がその答えをどう出したかの表れだと思います。食べる側は、自分がどの段に座っているかを意識するだけで、値段の見え方が少し変わります。
物件を比べるときに並べて見るもの
自分で店を開く側の話をすると、月々の家賃だけを見比べても足りません。
- 共益費や管理費、更新料、保証金や敷金の額と、返ってくる条件
- 普通借家か定期借家か。定期借家なら期間と、再契約の考え方
- 一定の期間は賃料を増額しないという特約があるか(第32条第1項ただし書きに当たる定め)。定期借家なら、賃料の改定の特約があるか(第38条第9項)
- 居抜きなら、引き継ぐ設備と造作の範囲、出るときの原状回復の範囲
- 厨房の排気、排水、ガスの容量が予定する業態に足りるか
五つ並べて見ると、家賃が少し高くても普通借家の物件のほうが、内装にかけたお金を回収しやすいことがあります。逆に、短い期間で試したい業態なら、期間の区切られた契約のほうが身軽です。どちらが得かは、何年やるつもりかで決まります。
契約書の文言で迷ったら、宅地建物取引士や弁護士に見てもらうのが早いです。条文の原文はe-Gov法令検索で読めますが、自分の契約にどう当てはまるかは個別の話なので、そこは専門家の領分です。
食べる側から見た家賃
家賃は外からは見えませんが、店の値付けと営業時間と席の数に、影を落としていることがあります。駅前で席を詰めて回転で稼ぐ店と、駅から離れて席を減らし予約中心でやる店は、同じ料理を出していても家賃との付き合い方が違います。
どちらが正しいという話ではなく、その店がどんな答えを出したかを品書きから想像するのが、この話題のいちばん面白いところだと思います。
家賃の話で出てくる疑問
家賃が高い店は必ず料金も高くなりますか
一概には言えません。品書きの値段は家賃のほか、原材料費や人件費、席の数や回転の考え方で決まります。家賃の高い立地でも、席数や営業時間の組み立てで値段を抑える店はあります。
居抜き物件とはどのようなものですか
前の店の内装や厨房設備を残したまま引き継ぐ物件です。設備の状態や前の店の造作の扱いは契約ごとに違うので、引き継ぐ範囲と出るときの原状回復の範囲を書面で確かめておきます。
シェアキッチンとは何ですか
複数の事業者が一つの厨房を時間帯や曜日で分け合って使う形です。営業の許可をどう取るかは使い方によって変わるので、管轄の保健所に聞いてから進めてください。
駅から離れた店は不利になりますか
一概に不利とは言えません。駅前より家賃を抑えやすい分、席を減らして予約中心にするなど、立地に合わせた営業の形を取る店もあります。
家賃と売上のバランスはどう考えればよいですか
法令で決まった基準はありません。想定する客単価と席数、営業日数から売上を見積もり、家賃に共益費や更新料を足した額がどれくらいの割合になるかを、人件費や原材料費と並べて確かめるのが出発点です。
閑散期の家賃負担にはどう備えればよいですか
月ごとの売上の波を見込んで、家賃のように毎月同じ額が出ていく費用を数か月分手元に残しておく考え方があります。開業時の資金計画の段階で織り込んでおくと慌てずに済みます。
家賃の水準は今後どうなりますか
先のことは分かりません。手がかりになる公的な数字は地価公示で、令和8年地価公示では中野区と杉並区の商業地が17.5%、多摩側の各市は日野市の5.2%から立川市の9.8%の範囲で前年より上がっていました。地価は家賃そのものではありませんが、借地借家法第32条第1項は土地や建物の価格の変動を借賃の増減を請求できる理由の一つに挙げています。
品書きの裏側
令和8年地価公示では中央線沿線の区市の商業地がそろって上がり、中野区と杉並区は17.5%でした。地価の動きは借地借家法第32条の賃料増減の理由の一つで、更新の話し合いに顔を出すことがあります。店が長く続くかどうかは家賃の額だけでなく、普通借家か定期借家かという契約の形にもかかっています。次に品書きを開くとき、値段の段の作り方をちょっと見てみてください。店の答えが、そこに書いてあります。
出典
- 東京都財務局「令和8年地価公示 区市町村別用途別対前年変動率」(令和8年1月1日現在。中野区・杉並区の商業地17.5%、区部全域13.8%、多摩全域の商業地6.0%、沿線各市の数値)(2026年11月3日確認) https://www.zaimu.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/zaimu/03_r8kouji_hendoritsu-hyou
- 借地借家法(平成3年法律第90号)第26条第1項、第28条、第32条第1項、第38条第1項〜第6項・第9項(e-Gov法令検索、2026年11月3日確認) https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
- Braceria S 公式サイト コース(月替わりランチコース全7品4,400円税込、月替わりディナーコース全7品5,280円税込、月替わりプレミアムディナーコース全8品9,350円税込)(2026年11月3日確認) https://braceria-s.com/menu/course/
- Braceria S 公式サイト ランチ(PLAN.1 1,540円税込)(2026年11月3日確認) https://braceria-s.com/menu/lunch/
通りの顔ぶれが変わる話の続き
再開発や営業時間の短縮、古い物件の生かし方など、家賃の裏側にある話題を別の角度から書いた記事です。
値上げを品書きにどう書くかは、飲食店の値上げと価格表示に続きます。